なぜか無性に大杉漣さんに会いたくなって観に行った『教誨師』
暖かく人を包み込むような優しい声。
無性に大杉漣さんの声が聴きたくなり、映画『教誨師』を観に行った。
実際にお会いしたことはないのだが、とても親しみを感じる俳優さんだ。
大杉漣さんが亡くなったのは、2018年2月21日。66才だった。
わたしも含めて、漣さんの突然の死にショックを受けている人が多く、
改めて大杉漣さんが、映画関係者だけでなく、一般市民にも愛されている俳優なのだということを実感した。
なぜ、彼はここまで人々に愛されたのだろう。
大杉漣さんは、北野武監督映画に抜擢され有名俳優となるまで20年もの間、
俳優として地道に頑張ってきた人物だ。
一口に20年と言っても、一人の男の20年ともなると結構な重みがある。
20年もの間、俳優を仕事として一本立ちする。
という夢を追いかけ努力を続けるというのは、それだけで才能だと思う。
彼の才能を信じて支えてきた奥様との関係性も素敵だ。
大杉漣さんは、自身の経験からも「頑張っているけど、なかなか世に出ていない人物」
をサポートしたいという気持ちがあったのではないかと推測する。
無名監督の映画に出演したり、時には学生映画にも出演したりもしていた。
見返りはギャラではないだろう。
人知れず頑張っている人を応援するという意味では、映画を制作し、教誨師という職業を知らしめることもサポートの一環だと思う。
教誨師とは、刑務所の受刑者と面談し、対話で更生を促す人物のことで、
日本では、主に仏教の僧侶がボランティアで務めているとのこと。
今回の映画で初めて教誨師という存在を知った人は多い。
映画では大杉漣さんは、プロテスタントの牧師という設定になっている。
とても人間味のある牧師さんで、宗教家っぽくないところが好感が持てる。
大杉漣さんに会いたくなって観に行った映画だったが、意外なことに死刑について考えさせられる映画であった。
2018年は、オウム真理教の死刑囚13人の死刑執行が行われた年でもあり、
死刑について(その実行の仕方など)広く周知されることになった年でもある。
同じタイミグで死刑について問う映画が公開されるというのも、めぐり合わせのようなものを感じた。
映画内にも、死刑執行の日の様子が描かれる場面がある。
死刑を見届ける教誨師や刑務所の職員たちの雰囲気を映し出している印象的なシーンだった。
もう一つ触れておきたいのは、佐向大監督の脚本力の強さについて。
ほぼ対話だけでストーリーが進む展開で、飽きさせない脚本力には驚いた。
私なんぞが言うのはおこがましいが、十分に魅せる対話劇だった。
その脚本を演じる俳優たちの演技にも引き込まれた。
『教誨師』に登場するキャストは、一般的に無名の俳優が多い。
しかしながら、バラエティに富み味わい深い役者ばかりだった。
人知れずいい演技をしている俳優は多いが、彼らにスポットライトが当たることはあまりない。
大杉漣さんが主役になることで、彼らの演技も世に出ることができるのだ。
漣さんのサポート力は、計り知れない。
大杉漣さんが愛されたのは、人の才能に敏感だったところに理由があるような気がする。
どんな人物にも、その人なりの魅力がある。
埋もれて世に出ていないからといって才能がないわけじゃない。
その人の良い部分に目を向けられる人物は、人を向上させ、その人の周りを向上させる。
大杉漣さんは、もういない。
映画界全体の向上のためにも、第2、第3の大杉漣が現れてほしい。
アイドルを起用してもいい、無名の俳優でもいいから、
作り手の気持ちを感じる映画を、わたしは観たい。
大杉漣さんには、「気持ち」を感じさせる何かがある。
これは、演技のうまい下手を超越した、人間としての存在感のようなものだろうか。
良心というと固くなりすぎるかもしれないが、大杉漣という存在に感じる温かみのようなものに、わたしたちは包まれたいのかもしれない。
2018年日本
佐向大監督